広島高等裁判所松江支部 昭和25年(う)183号 判決 1951年3月12日
控訴人 被告人 盛田一男
弁護人 片山義雄
検察官 赤松新次郎関与
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
弁護人片山義雄主張の控訴趣意は末尾に添附した別紙控訴趣意書と題する書面記載のとおりで、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
第一点について。刑事訴訟法第三百一条の規定は犯罪事実に関する他の証拠の取調に先立ち被告人の自白を取調べるときは、裁判官をして被告人に不利益な予断を抱かせることがあるのでこれを防止する趣旨で設けられたものであるから、他の証拠の取調請求と同時に自白の取調請求をしても、自白の取調が他の証拠を取調べた後になされる限り、右の規定に違反しないといわなければならない。されば、原審検察官が原審における証拠調の冐頭において被告人の自首調書について他の証拠と共にこれが取調を請求したことは所論のとおりであるけれども、原審は司法警察官作成の西尾たつの始末書その他被告人の自白以外の他の証拠の取調をした後に所論の自首調書の取調をしたものであることは原審第一回公判調書に照らし明らかであるから、被告人の自首調書の証拠調手続には所論のような違法はなく、従つて所論の如く証拠手続の規定に違反して取調べられた証拠を断罪の資料に供した違法はない。論旨は理由がない。
第二点について。被告人の自白を補強すべき証拠は自白にかゝる事実の真実性を保障するものであれば足りるのであるから、本件の如き殺人事件においては単に被害者の死亡の事実を証明するに過ぎない証拠であつてもそれが被告人の殺人の自白が真実であることを裏付けるに足るものである以上、補強証拠として充分であつて更に被害者の死因については必ずしも被告人の自白を補強する何等かの証拠を必要としないものと解すべきである。原判決が被告人に対する本件尊属殺人の公訴事実を認定する資料として引用した各証拠を調べてみるに証人西山りとの尋問調書は被害者盛田つまの死亡の事実就中死亡の場所、死体の位置などに関し同証人が直接に実験した事実の供述を主たる内容とするもので、右の供述はこれらの事項に関する被告人の供述と符号し、結局被告人の自白の真実性を保障するに足りるから、たとい同証人の右供述が被害者の死因(絞殺死)を証明することができないでも、被告人の自白の補強証拠となすに充分である。されば、原判決が、本件尊属殺人の公訴事実を認定する証拠として被告人の自白の外にその補強証拠となすに足る前記証人西山りとの尋問調書を引用している以上、所論の如く被告人の自白を唯一の証拠として被告人を有罪とした違法はなく、論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法第三百九十六条第百八十一条第一項に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 平井林 判事 久利馨 判事 藤間忠顯)
控訴趣意書
本件控訴は第一、原判決は刑事訴訟法第三百一条に定められた証拠手続の規定に違反して取調べられた証拠を判決の証拠に引用せられたことを其理由とすると共に、第二、同法第三百十九条第二項に定められた証拠能力の規定に違反し被告人の自白を唯一の証拠として殺人を認定せられたもので自白以外に補強証拠のない本件に於ては、証明十分ならざるものとして無罪の言渡を為さるべきものなるに不拘之を有罪と認定せられたことは事実の誤認であることを其理由とするものである。
第一刑事訴訟法第三百一条に「第三百二十二条及び第三百二十四条第一項の規定により証拠とすることができる被告人の供述が自白である場合には犯罪事実に関する他の証拠が取調べられた後でなければその取調べを請求することはできない」と規定され被告人の自白に付証拠調の請求を制限されたるに不拘原審検事は証拠調の冐頭に於て被告人の自首調書を他の証拠と共に証拠調を請求し、之を受理せられたことは同条の規定に違反せるものにして之を証拠に引用して有罪を認定せられた原判決は証拠手続の違反が判決に影響せること明かなるものである。
第二原判決は左記証拠に依り有罪を認定せられたものである。
(一) 被告人の原審公廷に於ける供述
(二) 証人西尾たつ、西山寿彦の原審公廷に於ける供述
(三) 西山りと、中尾康秀の各証人尋問調書
(四) 司法警察員山田由蔵作成の被告人の自首調書
(五) 副検事青木秀雄、司法警察員松本賢業作成の被告人の各第一回供述調書
(六) 医師中尾康秀作成の盛田つまに対する死亡診断書(病死、直接死因脳溢血とある記載部分を除く)
以上の各証拠に付被告人の自白が真実であることを裏書するに足る所謂補強証拠たるの価値があるか否やを検討する。
(一) 被告人の原審公廷における供述は所謂自白以外に何等之を補強するものでないことは勿論である。
(二) 証人西尾たつの供述は被告人から自白と同様のことを被告人から聞いたとゆう所謂伝聞証人の供述で証人が被告人の毋と謂う立場から聞いたに過ぎない。又隣人から被告人の寝言を聞いたとしても具体的の内容に触れるものでない。これ等の供述は被告人の自白以外に一歩も自白の真実を裏付するに足る何物も附加するものでない。
西山寿彦の供述とても同様重大なる犯罪を犯したと謂う伝聞証言がそれ自体に於て真実なるものとするも之れ又自白の真実性を裏付するに足る何物も附加されるものではない。
(三) 証人西山りとの供述は盛田つまが死亡せることを証明するに過ぎないで、その死因に就ては被告人の自白を補強する何等の証拠とはならない。
証人中尾康秀の証言は盛田つまに対する死亡診断書を作成せること其他同人の死体を診断せることに依り盛田つまが死亡せることを証明するに足り、その死因に就ては何等被告人の自白が真実であることを補強するものではない。
(四) 被告人の自首調書が被告人の自白以外の何物でもないことは勿論である。
(五) 被告人の供述調書が前項と同様であることは説明を加える必要はない。
(六) 死亡診断書は病死、直接死因脳溢血の記載を除外するとしても盛田つまの死亡を証明するに過ぎないで死因が被告人の自白を裏書するに足る何等の証拠とはならない。
以上之を要するに各個の証拠を個々に検討するも被告人の自白を裏付するに足らないと共に、之を綜合するも依然被告人の自白の真実性を補強するに足らないに不拘之れ等の証拠に依り有罪を認定せられたことは刑事訴訟法第三百十九条第二項に「被告人は公判廷に於ける自白であると否とを問わずその自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には有罪とされない」との証拠能力に関する規定に違反し有罪を認定せるもので即ち事実の誤認である。
訴訟記録及証拠
一、第一に就ては第一回公判調書及原判決を対照せられたい。
二、第二に就ては原判決の証拠摘示及各引用証拠を対照せられたい。